昭和25(1950)年秋に故藤井高雄先生のデザインによる現在の校章が制定された。さらに、27(1952)年7月に現在の校歌が制定された。戸松弘氏の歌詞が公募の中から選ばれ、これに團伊久麿氏が曲をつけたものであった。 27年5月に女学校の卒業生と川崎高校の卒業生をもって、あらたに「川崎市立川崎高等学校同窓会」が設立された。総会の日を毎年4月29日とさだめ、同窓会館設立の計画が立てられ、34(1959)年に完成した(42(1967)年に用務員室に改造される)。 24年に統合された商業科は、28(1953)年新設の市立商業高校に編入された。また、この年、別科を廃し、京町分校の家庭科を本校に移した。 36(1961)年10月に創立50周年を迎え、式典が行われた。39(1964)年には東京オリンピックが開催され、本校生徒4名が聖火リレーのメンバーとして京浜第一国道を走った。 40年代に入ると初期の木造校舎の老朽化に伴い、鉄筋校舎への改築が始まった。41(1966)年から48(1973)年にかけて、北館校舎・南館校舎・中館(渡り廊下とクラブ部室)の工事が行われた。 44(1969)年に学校前に歩道橋が設置された。これは、この2年前に行われた「市長を囲む会」に出席した一生徒の発言がきっかけとなっていた。